欧米の教育はそんなに良いものなのか
日本の「選べない」教育が子どもの自信を奪う。34万人の不登校児童・生徒にも選べる学びの機会を
https://toyokeizai.net/articles/-/909472
白井:いろいろあるので一概には言えませんが……いちばん大きな理由は、身体のつくりも脳のつくりも個人差が大きく、子どもは非常に多様であるということだと思っています。それなのに、日本の学校には一斉授業と軍隊式の名残のような教育が今もあります。みんなが同じ時間内で理解しなければならず、周囲と同じように振る舞うことが求められる。一度つまずくともうそこで置いて行かれてしまい、自力で追いつくことは難しくなります。大人だって得手不得手があるのに、これは子どもにとってはかなりきついことだと思います。
窪田:確かにそうですね。しかし、日本の教育はずっとその形でやってきたというのも事実です。これについてはどうお考えですか。
白井:要するに、日本の教育にはずっと、一度つまずいたらそれっきりという人たちが一定数いたということです。義務教育を受けたことになっているけれど、簡単な文章が読めないとか、計算ができないとかいう人を大量に生み出してきた。また、今は「落ちこぼれ」ではなく「吹きこぼれ」という言葉も生まれていますが、もともとの学力や学習意欲の高い子どもたちもまた、「授業がゆっくりすぎて集中できない」と感じていることがあります。一斉授業の進度に合わせられないと、学校が楽しくなくなってしまう。これは私たちが子どもの頃から変わっていません。
成人の「読解力」「数的思考力」「状況の変化に応じた問題解決能力」を調べたPIAACでは、日本は世界トップクラスの成績を出している。日本とタメはれるのは北欧くらい。
国際成人力調査(PIAAC)
https://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/pdf/01_PIAAC_CY2_point_gaiyo2.pdf
日本の成績が素晴らしいのは、平均点が高いことに加えて、レベル1以下の「低い習熟度」の人の割合が少ないこと。三分野とも参加国で最も少ない。
北欧以外のヨーロッパ諸国やアメリカは、低い習熟度の割合が高い。アメリカはほんとうに酷くて、3分野とも3割くらいがレベル1以下になっている。「個性の尊重、自由、自分らしい選択」は、別の見方をすれば、下位層の切り捨てになる。
欧米は移民が多く、移民は非ネイティブなため点数が取りにくくて、移民の多い国は成績に下押し圧力がかかると考えられるが、移民の影響を除いても日本の順位は高い。ただ、第1回から第2回で、「親も本人も自国生まれの非移民ベース」の順位が下がっているのが気になるところではあるが。
欧米式の個性を尊重する自由な教育は、おそらく上澄み層は伸ばすのだろうけど、「簡単な文章が読めないとか、計算ができないとかいう人」を大量に生み出す。その結果、格差は大きくなる。日本の画一的な軍隊式のやり方のほうが、中位~下位層をサポートするのには向いているのだと思う。まあ日本の場合は、塾や通信教材など学校外での教育による効果も大きいと思うが、日本社会の画一性や同調圧力が、家庭をこれらの学校外教育に向かわせている面もある。
「画一的な教育は、社会の歯車を生み出すために、個性を殺す」といった論もあるのだけど、高度に分業化が進んだ現代社会では、歯車になることで自分の役割と居場所を見つけることができる。そして、様々な人が自分の得意なポジションで歯車として仕事をしてくれるおかげで、現代先進国では豊かな衣食住と、高いレベルの医療・衛生環境を享受することができる。
極論を言えば、歯車にならない生き方とは、分業化された社会の外で生きていくことであり、山奥に二束三文の土地を購入して外部から隔絶された完全な自給自足生活をするか、無政府状態の地域で略奪行為などをして生きていくか、といった選択になる。歯車にはなりたくない、でも現代先進国のメリットは享受したい・・・そんな甘ったれた戯言は通らない。
「自分らしさが大事だよ」「やりたいことをやろう」「ありのままの君でいいよ」
いいはずがないんだよ。現実問題として、それじゃ生きていけなんだよ。コンクリートジャングルの日本に生まれたとしても、ジャングルのヤノマミ族に生まれたとしても、その環境で生きていくスキルを身につける努力をしないといけないんだよ。自分視点や親視点だと、その子はオンリーワンで世界の中心の存在だろうけど、周囲の人にとっては、「どうでもいい他人」なんだよ。
不登校はセンシティブな問題で、個人の特性と環境との相互作用で、それぞれに要因はあるのだろうけど、「いじめなどの明確な理由がないけど不登校になる」といったケースを避けるには、幼少時から少しずつ失敗やストレスに慣らしていったほうが良いのではないかと個人的には思う。
私は日本の公教育がパーフェクトだとは思わないし、自分が子どもの頃は、授業はつまらなくて同調圧力が不快で、そのうえ偏食で給食が辛くて学校は楽しくはなかったけど、親として子どもの教育を実行していく上で、公教育以上の環境を自分の子に与えられる自信は無い。

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