公立のメリットとして挙げられる「多様性」について
巷によくある、「私立は生徒の価値観や家庭環境が均質で多様性がない。その点では公立に分がある」という言説について書いてみたい。
私自身は公立小・公立中に通っていたけど、公立小・中は狭い地域の住民の家庭環境や価値観が影響するため、たいした多様性は無いと思う。地域によってカラーは異なるが、地域内は単なる日本の村社会になっている。ほとんどの場合、イスラム社会の価値観も、スイスのインターナショナルスクールに通う家庭の価値観も、インドのスラム街の価値観も、アフリカのサバンナの価値観も存在しない。
どのレベルの多様性を求めるかにもよるけど、多様性に触れたかったら、アルバイトなり留学なりをしたほうがずっと良いだろう。学校外の異年齢のコミュニティに参加するのも良いと思う。日本の狭い地域の同年齢が集まる学校での多様性なんて、たかが知れている。
私は、ニュータウン的な落ち着いた地域の公立小学校で小学校生活の大半を過ごし、小6の2学期から中学校の3年間は公営住宅の家庭が多い荒れた地域の公立校で過ごした。
転校した後はあまり馴染めず、友だちは少なかった。不良グループにいじめられもした。私をいじめたうちの一人は、数年後にニュースで名前を見た。中卒で建築系の仕事に就き、仕事用の車で高齢女性をひき逃げしていた。
まあそんな個人的な経験もあり、公立の「多様性」にメリットは特に無いと考えている。強いて言えば、ああはなりたくはないという反面教師にはなったと思うが。
そもそも、多くの場合は成長するにつれて、似たような価値観、語彙力、学力の子と一緒に過ごすようになる。低学年のうちは、笑いながら走り回って遊んでいれば仲良くできるけど、だんだんと互いの話が合うかが重要になってくる。そのため、公立で過ごす場合でも、結局は似た者同士で付き合うようになる。娘がどのような子と登校して、どのような子と遊ぶかを観察していても、このことを強く感じる。
学力で輪切りがされた環境は、スムーズなコミュニケーションの前提である教養や語彙力の同等性が担保された状態なので、気の合う友人を見つけやすい。思春期の人格形成において、友人と深く付き合うことは重要だ。その深く付き合う相手を見つけやすいのが、中高一貫校で過ごす大きなメリットなのだと思う。
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