「子どもに学習習慣をつけさせようとみんな取り憑かれている」という記事について

「子どもに学習習慣をつけさせようとみんな取り憑かれている」 学びの専門家が“やらせようとする”親に警鐘を鳴らす理由
https://dot.asahi.com/aerakids/articles/-/248526
算数は計算力ではありません。思考力です。計算が好きな子どもは算数が好きにはなりません。世の中に存在する算数の問題の90%は易しくてつまらないジャンク問題です。こういうものをたくさん子どもにやらせようとすると、子どもはそのうち嫌いになる。易しくて面白いものをやってると、「お、面白い! もう一枚!」。気がついたらめちゃめちゃ難しい問題に何時間でも取り組むようになる。

世の中一般にいわれる学習習慣って、それをしなくちゃ気持ち悪くてしょうがないという強迫観念として勉強を生活の中に刷り込むという意味かもしれないですね。内発的に学びたくなることとは相反するパターンを子どもの体に染み込ませる。時間が来ると机に向かって、心を麻痺させて積まれた課題をやる。たしかに扱いやすい労働者にはなってくれそうですけれど、それは本当に呪いかもしれないですね。でも、学習習慣をつけましょうって、教育のプロもみんな言いますよね。

今年のうちの卒業生の一人は、小4の終わりまで週に一回のうちの教室だけ。ほかはスケジュール真っ白。毎日好きなことをやって、本を読むこと、調べることは大好きなんで、それがすべて学習になってました。模試を受けたらすごい成績をとるから、四教科必修の某大手塾の教室長と直談判して理社だけ受けさせてもらっていました。栄東の東大選抜をものすごくいい成績で合格。そのあとちょっとふぬけて、うちの授業で二番手の子にコテンパンにやられて、奮起して、開成、筑駒、合格。筑駒行きました。この子のパターンはいい受験でしたね。


これは上澄みの優秀層基準の話ですね。上澄み優秀層は環境を整えて放っておけばいい、自分で自分を教育しながら勝手に育つから。これはもう答えが出ている。最難関の中高一貫校の多くが自主性に任せる放任系なのも、この考えに基づいている。

問題は、普通の子の教育。これについては私も悩んでいて・・自主性に任せて、好きなことを存分にやってもらうのが良いのか? 理想論は置いておいて現実的なことを考えると、好きなこと(ユーチューバーやプロゲーマーやスポーツ選手)で飯を食うのは、その業界で偏差値80(+3σ)くらい突き抜けてないと無理だ。突き抜けられない場合、年収200万円台の職について結婚もできず、子供部屋おじさん(おばさん)になってしまう・・・という思いがよぎるので、学校の勉強はコツコツきちっとやって、そこそこの学校に行って、平均年収を上回る職について、できれば結婚して子どもを育てて欲しいと考えてしまう(子育ては、人間が得られる最高の経験だと思う)。凡人でも、コツコツやる習慣を身につけるだけで中の上にいける。まあ、それが人生の幸福なのかというのは主観的な話になるけど、そんな贅沢はことを言えるのは一定以上の生活水準を確保できてからの話だし、日本社会の現実として、社会階層の下にいくほどブラック企業率が高くなっていく。


「算数は計算力ではありません。思考力です。」
→これが当てはまるのは、子ども全体の上位5%くらいですかね。中学受験だと、難関校以上に進む層。残りの95%の子にとっては、算数≒計算力です。なぜかというと、学校の算数の内容は計算力があればほぼできます。まあ他にも文章題や図形問題がありますが、学校レベルの問題であれば算数・数学で要求される思考力とは無関係で、また積み上げも必要ないので躓いたときの対応も楽です。

計算力が無いと、算数への苦手意識が出てきます。学校は日中の大半の時間を過ごす場所で、勉強ができないと自己肯定感が下がります。大人が想像する以上に、勉強が出来るか出来ないかは子どもの自己肯定感に影響します。

私が関わっている小2の子で、発達に凹凸が少しある感じの子がいて、出会った頃は学習時間にボケーっとしたり、ひたすら落書きしていたりしていたのだけど、コミュニケーションを取っているうちに(理由はこちらでもよくわからんが)やる気を出すようになって、ちゃんと勉強するようになって、自己肯定感が高まったのか表情も明るくなり、他の子とも関わるようになった。得意不得意をチェックしてみると、基礎計算が苦手で、特に引き算の繰り下がりが苦手だった。思考系の算数問題は大好きで、自らやりたがり、気分が乗ると1時間ぶっ通しで集中してやっている。漢字については本を読んでいるうちに勝手に覚えるタイプらしく、小学校の範囲の漢字はだいたい読めるらしい。IQが高めな子なのだろうけど、それでも基礎計算で躓いて学習への意欲が低下していた。

普通の子は、三桁の引き算の連続繰り下がりで躓いて、二桁・三桁の掛け算・割り算で躓いて、分数や少数の計算で躓く。そして学校の日々の宿題すら30分くらいかかるようになり、勉強面倒くせ~やりたくねぇ~の悪循環に陥る。多くの子にとって計算練習はつまらない修行だけど、スポーツでの素振りや筋トレや走り込みにあたるので、普通の子が学校の勉強で苦労しないためにはやった方が良い、というのが私の考えです。

ただ、つまらない修行を子どもにやってもらうので、できるだけ短時間で子どもの集中力が保てるうちに済ませたほうが良い。課題は厳選して、短時間でサクッと終わらせてもらい、あとは好きに過ごしてもらう。多ければ多いほど良いだろうと考えて、親がワークやプリント教材を山積みにするのは悪手です。子どもの得手不得手を考え、選択と集中を意識し、課題を選び抜くのが親の責務。(私は面倒なので、計算練習は公文に丸投げしている)

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