机に向かっての学習は本当の意味では頭を使ってない
入力→出力を繰り返してパターンを覚える。こういう学習は、ある意味ではとても楽な活動で、脳に負荷がかかっていない。
大人が決めた課題を、決められたパターンに沿って処理するだけで、自分の頭で考える必要がない。
子どもにとっての机に向かっての学習は、
・なにをやるか自分で決める必要がない(大人が決める)。
・なんのためにやるか自分で考える必要がない(やれば大人が褒めてくれる)。
・どういうプロセスでやるか自分で考える必要がない(大人がやり方を教えてくれる)。
・失敗した場合、なぜ失敗したかを考える必要がない(大人が正解を教えてくれる)。
・自分の感情をコントロールしながら他の子とコミュニケーションを取る必要がない。
その結果、思考力も感情も発達しにくくなる。
小学校受験を経た子に、ドリルなどの学習は素直にやるけど、なんだか生きる気力や創造性がない、集中力がない、遊びが幼稚だったり、あまりに言葉を知らない子がわりといるのだけど、あれも幼児期からのパターン学習の弊害だと思う。そして、2,3年生くらいから、学習への嫌悪感が出てきて、投げ出しがちになる子(主に男子)もいる。
小学校受験→中学校受験コースの女子だと、生気がなくぼーっとしながら親から出された課題を長時間勉強している子がいる。女子は、表面上は適応しやすいのだろうけど、思春期になってから問題が出てきそうな感じがする。
机に向かっての学習で得られるものは、学校と社会で生きていく上で必要なスキルなので、身につけたほうが良いのだけど、あくまでスキルであって、そのスキルをどう使うのか考える力はまた別のもの。目的もわからずスキルを身につける練習を強いられていたら誰だって嫌になるし、なんとか耐え抜いて成長したとしても、目的も使い方もわからないようでは、人生の迷子になる。
机に向かっての学習をどこまでやってもらうか、自分の頭を使って行動し考える機会と時間をどう確保するか、これらのバランスを取るのが難しいのだけど、そこの舵取りが、幼児期から小学生の子育ての肝なんだと感じる。
「子どもは素直にドリルやプリントをやってくれて嬉しい。自由時間は、息抜きに動画やゲームをやらせて上げよう」これでは、自分の頭で考えることの出来ない子どもになる。
関連記事: 勉強は一日一時間まで(低学年)
コメント
コメントを投稿